Oct 08, 2010
自然的な生活と免疫療法について
免疫療法のことが注目される背景には、死への思いがあったと私は思っています。人間の最期をどのように迎えるか、大きな焦点になっているのです。免疫療法も一つの選択である私が理解しています。選べるの間で、意志を明確にして必要でしょう。このような思想が主流となっていくような気がします。末期アムドゥェミョンどのように痛みと共存していくかが問題となる。癌の痛みに耐えるため、モルヒネなどを継続的に投与すると鎮痛剤として何も効かなくなってしまう。痛みを緩和しながら、薬をコントロールすることが緩和病棟です。今の癌の病院に多く設置されており、苦痛と闘っている患者が多く存在する。
自民党が、政府の新たな防衛計画大綱と来年度から5年間の中期防衛力整備計画(中期防)について、「日本の安全を確保できるとは到底思えない」とする見解を取りまとめたことが17日、わかった。大綱、中期防ともに「政権奪回後、即時に見直す」と強調している。見解では、日本周辺の安全保障環境について「中国をはじめ各国が防衛費を増額する現状だ」と指摘し、「依然、不安定な状況にある」と分析。「防衛予算の縮減傾向に歯止めをかけ、多様化する任務に対応する人員を確保しなければならない」と訴えている。
さらに、政府による陸上自衛隊の定員と戦車、火砲の削減方針などを批判。武器輸出三原則の見直しは「(政府は)社民党に配慮してトーンダウンした。防衛力の生産・技術・教育等の維持すらも困難となる」と警告した。
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【マルパセ(ハイチ)時事】昨年1月の大地震から1年を迎えるカリブ海のハイチで、国連平和維持活動(PKO)に参加する陸上自衛隊は孤児院の施設建設の仕上げに取り組む毎日だ。地元には自衛隊に対する感謝の言葉が多く、高い技術への信頼から一層の国際貢献を期待する声も上がっている。
自衛隊は昨年2月にハイチで活動を始め、これまで1次隊、2次隊計約550人が任務を完了。現在は8月に現地入りした3次隊約350人が、がれきの除去や整地に当たっている。
首都ポルトープランスの東方約30キロの町マルパセでは10日、隊員45人が孤児院の宿舎新設に汗を流していた。気温30度、砂ぼこりが舞う中、20日の完成を目指し、雨漏り防止工事や電気配線の取り付けを行った。
孤児院は地震で倒壊した他の施設から子どもを受け入れるなどしたため、スペースが不足。仮設のプレハブ小屋やテントの利用を強いられてきた。自衛隊は昨年11月初めに工事を開始。同月実施された大統領選の結果をめぐるデモの影響などで資材が調達できず、10日間ほど作業が滞った。
現地の治安は不安定だが、日本隊隊長の佐々木俊哉1等陸佐(47)は「日本国旗を見ると、ジャポン、ジャポンと歓迎してくれている」と述べ、地元との関係は良好だと語った。
孤児院で生活するマヌシュカ・ルイさん(13)は「新しい建物が建つのが楽しみ。とても立派なものを造ってくれた自衛隊の人たちが大好き」と笑顔を見せた。マリン・モンデジール院長は「自衛隊は最大の難題を解決してくれた」と絶賛。「自衛隊にはハイチを含む国際社会でもっと活躍してほしい」と話している。
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ハイチの首都ポルトープランス周辺を襲い、死者約30万人を出した大地震(マグニチュード7.0)から12日で1年がたつ。しかし、復興は遅々として進まず、いまだに約81万人が暮らすテント村では「食べ物がほしい」という声が漏れる。昨年10月に発生したコレラのまん延が復興作業をより困難にしている。陸上自衛隊は国連平和維持活動(PKO)で現地に派遣されているが、防衛省内には「目に見えた改善が見られず、もどかしい」との声も上がっている。
【ハイチ地震】昨年1月の発生直後の様子を写真で振り返る
今も崩れかけたままの大統領宮殿。近くのシャンドマルスには家を失った約4万4000人がテントで暮らす。だが政府はコメ、小麦、豆の食糧配給を昨年4月で、飲料水配給を1カ月前に打ち切った。テント村を常設したくないためだ。
ナターシャ・べロニさん(26)は「何でもいいから見つけて食べる。友だちに恵んでもらう」と言う。地震で家が倒壊し夫(当時29歳)と2人の子どもを失った。たまにNGOが食糧を配りに来るが、激しい争奪戦になり、何も手に入れられない。
縦横2メートルほどの広さに6人が眠る。電気工のパトリック・デジルさん(23)のテントにあるのはマットレス2枚、時計、CDレコーダー、歌手ボブ・マーリーのポスターだけ。「出ていきたいけど、行く先も金も定職もない」
首都周辺は地震で政府機関施設の70%、学校の88%が壊れた。すべてがまひするなか、昨年10月末からコレラが拡大した。
南部カルフール地区の「国境なき医師団」のコレラ治療センター。テントの中で患者が横たわり、穴のあいたベッドの下に置いたバケツに排せつしていた。
看護師の根本律子さん(41)は「1回の下痢で1〜2リットルの水を失うため、脱水で目が落ちくぼみ無表情になる。運ばれてきた時、点滴をしようにも血管が見えない人もいる」と話す。
人口約1000万人のハイチ。保健当局によれば、1日までにコレラによる死者は3651人、罹患(りかん)者は計17万人に達した。流行は今後2、3年続くという分析もある。
陸上自衛隊はこの1年、首都を中心に倒壊した建物のがれき除去や、整地・造成、道路補修などを行ってきた。だが、復旧は公共施設や主要道路などにとどまり「目に見えて改善していないのが現状」(防衛省)だ。
コレラ対策として車両洗浄などのほか、現地のコレラ治療センターに医官、看護官各1人を当直要員として派遣するが、障害に直面する日々が続いている。【ポルトープランス國枝すみれ、社会部・樋岡徹也】
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