Feb 11, 2009

フロアコーティングのすすめ

底床は、定期的なメンテナンスが必要です。水性ワックスや油性ワックスでコーティングを必要とし、実際にやってみると想像以上の肉体労働であることがわかります。そのため、少し高価ですが、専用のフロアコーティングを行うことをお勧めします。床のコーティングが少し高いと言っても予想よりも安い定期的にワックスをすることを考えるととても経済的です。
室内でペットを育てている家庭では、ペットの臭いが問題になる可能性があります。フロアコーティングをすれば、ペットがおしっこをしたとしても、おしっこをはじいてくれるので軽く拭くだけでOKです。おしっこが床に染みこむことができないため、ペットの臭いを少なくするのに役立ちます。さらに、床のコーティングには転倒防止の機能もあるのでペットが倒れて難しいです。
 JR東日本は28日、東日本大震災で不通になっている新幹線と在来線の運転再開の見込みを発表した。

【東北新幹線全開通へ】3月6日に「はやぶさ」運転がスタートしたばかりだった

 東北新幹線は、一ノ関?盛岡間が来月8日ごろ再開予定。一方、郡山?福島間と仙台?白石蔵王間のトンネルでレールにゆがみが見つかり、那須塩原?福島間は来月中旬、福島?一ノ関間は遅くとも同下旬の再開予定となった。東京?新青森間全線での運転再開は20?25日となる見通し。

 山形新幹線は31日から福島?新庄間で上下9本、奥羽線も福島?米沢間で運転を開始する。

 在来線は常磐線が土浦?勝田間は31日、勝田?高萩間は来月9日ごろに再開。高萩?いわき間と宮城県内の亘理?岩沼間は同下旬までに再開する。東北線は安積永盛?福島間と岩沼?岩切間は31日から来月上旬までに運転を再開するが、黒磯?安積永盛間と福島?岩沼間、岩切?一ノ関間は復旧の見通しが立っていない。【斎藤正利】


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 政府は28日、内閣府で「被災者等就労支援・雇用創出推進会議」の第1回会合を開いた。がれき撤去や応急仮設住宅の建設に被災者を優先的に雇用したり地元資材を活用するなど当面の支援策を4月上旬にまとめる方針を決めた。被災地を離れている人の就労支援も検討する。

 会議は小宮山洋子副厚生労働相を座長に、厚労、総務、農水、国土交通、経済産業、環境各省の関係局長らで構成。予算や法改正を伴う中長期的な課題に取り組む。厚労省によると、被害の大きかった岩手、宮城、福島各県の沿岸部の就業者数は約84万人。失業者の数は把握できていない。【鈴木直】

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 枝野幸男官房長官は28日午後の記者会見で、今後の原子力政策について「まずは(福島第1原子力発電所の)事故を収束させることに全力を挙げている。その後、事故の検証を踏まえて進めていくことになる」と述べ、原発建設を進めてきた方針の見直しも視野に入れ、検討する考えを示した。
 政府が昨年6月に決定したエネルギー基本計画では、2030年までに「少なくとも14基以上」の原発の新増設を目標に据えている。これに関し、枝野長官は「大きな政策判断についてしっかりとした検証と検討を行わなければならない」と強調した。
 一方、枝野長官は放射能漏れ事故の現状について「少なくとも原子炉や使用済み核燃料プールにある核燃料の冷却はできている状況だ」と説明。その上で「当面は今のやり方で冷やし続ける中で、次の段階に進めていかなければならない」と述べ、原子炉などの冷却作業と並行して、タービン建屋内地下の高濃度放射性物質を含む水の除去に全力を挙げる考えを示した。 

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 東日本大震災で多数の住宅が津波被害を受けた宮城県南三陸町で28日、ボランティアが写真など被災者の思い出の品を捜し出す活動を始めた。見つけた品は、避難所などで生活する被災者の元に届ける予定だ。
 チーム名は「思い出探し隊」。チリ地震と東日本大震災の2度の津波で思い出の品を失った佐藤仁同町長が発案。写真やアルバム、名前が入った盾やトロフィー、身分証明書など、持ち主にとって大切と思われる品々をがれきや泥の中から捜し出す。
 初日は9人が流失した家屋の残骸などが残る川の周辺で作業した。がれきや泥を手で取り払い、埋まっていた写真を一枚一枚丁寧に拾い上げる。子供の写真入りカレンダー、入学式の記念写真、仲間同士のスナップ写真など、被災者の思い出が次々と救い出された。
 28日だけで、多くの写真やアルバム、記念メダル、パスポートなどが見つかった。これらの品は、避難所の同町総合体育館近くで陰干しした後、水洗いして保管。一定量がまとまれば同町内の避難所などに知らせ、被災者に見に来てもらう。
 高校を卒業し4月から専門学校に通う宮城県栗原市の男性(18)は「今までは自宅でごろごろしていた。この震災で何かできることはないかと思って参加した」と話す。この日は子供の写真などを見つけたが、その写真を手にした時は「言葉が出なかった」。2泊3日でボランティアを続け、「一枚でも多く思い出の詰まった写真を見つけたい」と気を引き締めた。
 チームリーダーで大阪市社会福祉協議会の亀岡直樹さん(46)は「自衛隊のがれき撤去が始まる前までに少しでも多くの品を集めたい」と話した。 

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