Apr 13, 2010
私はスノーボードウェアを持っています
私はスノーボードウェアを持っています。ずいぶん前に購入したものだが、ほとんど使っていないので、今も新品同様にきれいです。私は寒いところの傾向なので、基本的に冬のスポーツはしませんが、以前に専門学校の行事で、スノーボードにいくことに急遽スノーボードウェアを購入することができます。最終的には、一度使用したきりその際に使用することはありません。率直に言って、スノーボードと我が家では、10年に一回程度という感じになるのではないか。ことで、スノーボードに行こうとすると、スノーボードウェアをどうするかということです、非常に心配している。斜面妨害する。 、最終的に行かない。ここは思い切って、スノーボードウェアを購入し、毎年、スノーボードに行くのがいいんじゃないかと思っています。
民主党の玄葉政調会長ら執行部は5日、現行の子ども手当を年度内で廃止し、来年度から新たな児童手当制度に移行するとした自民、公明両党との合意内容について、党所属国会議員に説明した。
国会内で開かれた会合では、玄葉氏が約60人の議員を前に、「児童手当法を活用しながら新しい子ども手当を作り上げる感覚だ。児童手当に戻る訳ではない」と強調。「『名称は12年度以降も子ども手当にしろ』と言っており、制度設計時に検討することになっている」とも指摘した。
前回衆院選政権公約(マニフェスト)の目玉政策「子ども手当」の廃止には、党内に根強い反発があり、これに配慮して苦しい釈明に追われた格好だ。
これに対し、鳩山前首相グループの松野頼久元官房副長官は「(ここまで)妥協して自公両党から何を得たのか」と不満を表明。若手衆院議員の一人も「政権公約で掲げたことは引き続き追求すべきだ」と訴えた。
ただ、3党合意に反対する意見はほとんど聞かれず、党内では「拍子抜け」との声も漏れた。
【広島原爆忌・被爆医師の戦い】(下)
「けがのない人まで次々と死んでいった。医者なのに一体何が起こっているか分からなくて、ただ悔しかった」。広島陸軍病院の軍医だった肥田舜太郎(ひだ・しゅんたろう)さん(94)は、昭和20年8月6日、広島市に原爆が投下された後の様子をそう振り返る。
肥田さんはたまたま爆心地から約6キロ離れた旧戸坂村に往診に出ていた。建物は爆風で吹き飛び、ひどいやけどを負った人たちが市内から村に避難してきた。
手当てもままならず、けが人は次々と息を引き取っていった。「応援の医師をあわせても1人で千人もの患者をみなくてはならなかった」
そのうち妙なことに気がついた。けがの程度の軽い人たちまで死んでいくのだ。「高熱、鼻や口からの出血、紫色のまだら模様。放射線の急性症状が出ていたんです」。今も鮮明に覚えているのは、抜けた髪の毛をつかんだ女性の姿。息も絶え絶えだったにもかかわらず、ごっそりと抜けた髪をつかみ、泣き叫んでいた。「あんな悲しい光景は見たことがない」と顔を曇らせる。
戦後は山口県にできた国立病院へ移り、昭和25年ごろから埼玉や東京の診療所で、被爆者の診療を始めた。これまでに原爆の後遺症に苦しむ6千人以上の被爆者を診察してきた。
倦怠(けんたい)感を訴える人が多くいた。原因は分かっておらず、「ぶらぶら病」と呼ばれた。「ピカの影響だとはうすうす分かっていたが、どんな病気かわからず、ビタミン剤を処方するぐらいしかできなかった」と話す。
また、被爆したというだけで差別を受け、苦しむ人も多くいた。肥田さんはそんな被爆者たちの声に耳を傾け、寄り添い続けた。
昨年、体力の衰えから現役を引退。60年以上にわたる診療活動を終えた。その後、請われて各地で講演活動をしている。
3月の東京電力福島第1原発事故について、被爆者医療に長年、携わってきた経験から放射線が人体に及ぼす影響では特に内部被曝(ひばく)の恐ろしさを訴える。放射性物質が体内に入るとその後、数十年にわたって体内で放射線を浴び続けることになるからだ。
「私は死に損なったんです。私が死ななかったのは、何かをしなければならない運命だったという気がしている」
原爆の日の8月6日は広島を訪れ、爆心地から約1キロの距離にあった広島陸軍病院の原爆慰霊碑前で、亡くなった仲間や患者の冥福を祈る。
【用語解説】内部被曝
大気中に漂ったり飲食物に付着した放射性物質を体内に取り込んだために、体の内部から放射線を受けること。放射性物質が組織に沈着する恐れがあるほか、飛距離が短く外部被曝では影響の少ないアルファ線やベータ線にもさらされるため、高い危険性が指摘されている。
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菅直人首相は6日午前、広島市で開かれた原爆死没者慰霊式・平和祈念式(平和記念式典)であいさつし、今後のエネルギー政策について「原発への依存度を引き下げ、『原発に依存しない社会』を目指していく」と、改めて表明した。犠牲者の追悼が目的の式典でエネルギー政策に触れるのは異例。深刻な放射能漏れを起こした福島第1原発事故を受け、首相の強い意向で盛り込んだ。
首相はあいさつで、原発事故について「放射性物質の放出を引き起こし、わが国はもとより世界各国に大きな不安を与えた」と陳謝し、早期の事故収束と健康被害の防止に向け「今後も全力で取り組む」と決意を示した。その上で、「これまでの『安全神話』を深く反省し、事故原因の徹底的な検証と安全性確保のための抜本対策を講じる」と強調。事故を「人類にとっての新たな教訓」として、「世界の人々や将来世代に伝えていくことがわれわれの責務」と訴えた。
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